千本倖生会長

千本 倖生(せんもと さちお、1942年9月9日[1] - )は、日本の実業家。イー・アクセス株式会社の創業者で、2013年1月現在同社取締役名誉会長。

日本の通信事業界の開拓者として知られる。大学院修了後、日本電信電話公社(現在のNTT)に入社する。42歳のときに部下数千人を抱える部長職を最後に退社、大阪のコーヒーバーで稲盛和夫に電電公社に対抗する新しい通信事業会社の構想を説き、1984年、稲盛と共同で第二電電株式会社(DDI、現在のKDDI)を創業する[2]。DDIでは通信自由化により専用線事業、市外電話事業を興し、続いて携帯電話事業(DDIセルラー、現在のau)、PHS事業(DDIポケット、現在のウィルコム)を立ち上げ、軌道に乗せる。DDIが成長するに従い、自分自身の周囲に「壁のようなもの」ができたように感じるようになり、同社を退社、1996年から慶應義塾大学大学院で教鞭を執った[2]。

1990年代後半にインターネットが急速に普及し始めたことから、その可能性に賭け、1999年にADSLの回線卸を業とするイー・アクセスを創業。この頃からソフトバンクの孫正義をライバルとして意識するようになる[2]。2004年には当時の最速記録となる創業5年での東証1部上場を達成[3]。2005年には、新規参入の携帯電話会社イー・モバイルを創業(2011年には親会社のイー・アクセスに吸収)、データ通信を中心とした契約プランで契約数を伸ばす。

2012年10月、株式交換によりイー・アクセスはソフトバンクの完全子会社となることを発表[4]。日本経済新聞のインタビューの中で、千本はKDDIからも同様の提案があったことを明らかにした上で、長年のライバルである孫正義のiPhone 5に懸ける情熱に圧倒され、従業員や株主へのフォローが約束されたことから、交渉開始から約10日でソフトバンクへの売却を決断した、と述べた.


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